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izumiktaのオーディオ徒然

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Top Page › Archive - 2009年04月
2009-04-30 (Thu)

実はAVが主役?

実はAVが主役?

今まではピュアオーディオばかり書いてきましたが、オーディオルームを作ってやりたかったことにスクリーン&プロジェクターの大画面AVも有りました。結構映画も好きでビデオやLDも早い時期に導入していました。大画面テレビは今と違い高価でしたからどちらかと言うとサウンド面に少し凝っていました(オーディとは分けていた)。まだサラウンドが一般的になる前でしたから「長岡鉄男先生流SPマトリクス」でした。オーディオ...

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今まではピュアオーディオばかり書いてきましたが、オーディオルームを作ってやりたかったことにスクリーン&プロジェクターの大画面AVも有りました。
結構映画も好きでビデオやLDも早い時期に導入していました。大画面テレビは今と違い高価でしたからどちらかと言うとサウンド面に少し凝っていました(オーディとは分けていた)。
まだサラウンドが一般的になる前でしたから「長岡鉄男先生流SPマトリクス」でした。
オーディオルームを作りウェスターンを運び込んで次にスクリーンを設置しました。最初は白いシーツの裏に黒いラシャ布を重ねたものでした。プロジェクターも高価でしたから怪しい製品を買って一応大画面AVを実現しました。これは最初は感激しました。人間欲が出てきますから最後はスクリーンはキクチのスーパービーズになりプロジェクターは今はエプソンです。プロジェクターに関しては高価なものは買わずに時間が解決してくれるとばかりに、現在3台目ですが購入金額はほとんど変わらなくても性能は大幅に向上しています。
このAV用のスピーカーは「長岡鉄男先生」の設計されたネッシーです。






前に書いた影響を受けた人の「長岡鉄男」先生は私をAVに走らせた方です。特にオーディオ用のスピーカーとは別にAV用はDレンジ、Fレンジが広くなくてはならないと思っています。
最初はビデオ&LDでスピーカーマトリクスでしたがもうDVDでサラウンドになっています。
LDの音も太くて面白かったのですがサラウンドの面白さには適いませんね。
リアスピーカーです。二組に分けてあります。


センタースピーカーだけはどうしてもこだわってしまいビンテージ系のLE8TをGe3で公開している逆ホーンに収め、ビクターのドライバー+ホーン(古い物)を使っています。
センターからの人の台詞はやはりこういうものでないと雰囲気が出なく感じてしまうのはウェスターンが耳になじんでいるせいでしょう。


でもこのセンターからの人の声は良いです。

AV用の再生は予算が回らずにSonyのAVレシーバーAVD-S1です。値段の割には優れものでデジタルアンプでサラウンド調整も楽です。それにDVD~デコーダー~デジタルアンプと全てデジタルのまま処理できるメリットもあります。SACDマルチも聞くことが出来ます。


こういう商品は中途半端なのかも知れませんがもう見ません。スピーカーセットはかえって使いにくいと思うのですけど・・・・・・・・・

部屋を暗くして映画を見ていると映画館を彷彿とさせる迫力があります。しかもソファーに寝そべったり途中で止めたりが自由ですから、こたえられません。それに友人と見ると盛り上がりますね。

ただ、最近ではオーディオルームの主は一人娘で、映画を見る時間がほとんどということになってしまいました。
父親は娘に絶対勝てません、少なくとも私は・・・・・・・
でも今でも二人だけでオーディオルームに泊まりに行けるのですから、ゴミ扱いされないだけましだと思っています。
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No title * by SEED
リンクおおきにm(_ _)m

やはり皆さんに喜んでいただけるものがいいですね。
私は映像の方には興味がないですが、近い将来取り組んでみたいと
思っている次第です。

No title * by izumikta
あっ、もしかして連絡するの忘れてました???

すみませんブログ初心者なもので、リンクに入れたら連絡するのが礼儀ですよねm(_ _)m

>近い将来取り組んでみたいと思っている次第です。
メインとしてではなくサブの楽しみとしては良いものですよ。
でもやり始めたら凝りそうですねー。中途半端が無い方ですから。

No title * by SEED
>リンクに入れたら連絡するのが礼儀ですよねm(_ _)m

ははは、気にしなくていいですよ リンク頂きうれしいですね。

>中途半端が無い方ですから。
カメラも映像も興味があるのですが、突っ走るのが怖いですね。
ほどほどがないものですから...(笑)

2009-04-29 (Wed)

波動スピーカー

波動スピーカー

寺垣武という天才技術者がいます。日本のエジソンと言われている方でもう80才を超えておられますが現役です。その方が究極を目指して作成したアナログプレーヤーの開発中に今までのスピーカーではプレーヤーの良さが分からないとスピーカーの開発までしたことが「アナログを蘇らせた男」に載っています。最初にこの本を読んだ時に同じことを考えているすごい人もいるものだと思いました。私の場合は妄想の域を出ていませんでした...

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寺垣武という天才技術者がいます。日本のエジソンと言われている方でもう80才を超えておられますが現役です。
その方が究極を目指して作成したアナログプレーヤーの開発中に今までのスピーカーではプレーヤーの良さが分からないとスピーカーの開発までしたことが「アナログを蘇らせた男」に載っています。
最初にこの本を読んだ時に同じことを考えているすごい人もいるものだと思いました。
私の場合は妄想の域を出ていませんでしたが先生は実現していたのです。マア、レベルが物凄く違う世界の方ですから当然ですが。
最初は自分でアレンジして市販ユニットのボイスコイル部分から振動用の筒を出して発砲スチロールの平面ユニットを作成しそれに大きな発砲スチロール振動版を付けたものでした。
これは失敗で音は出たのですが使っているうちにボイスコイルが擦れてきて歪みが出てしまいました。
素人細工では無理があったのかも知れません。
その後も少しづつ実験を繰り返していましたが思ったような結果が出ませんでした。
寺垣式スピーカーが市販され(とてもおいそれと買える金額では有りませんが)、再度挑戦しようと思い今度は振動子ユニットを使うことにしました。
丁度、慶応義塾大学の武藤教授が寺垣式スピーカーは横波を発生しているという事を発表してJRと組んだ特許資料を見たり、寺垣先生の特許資料を見たりして検討して素人工作で出来そうな物を考えました。

今度は寺垣式を踏襲し振動板はバルサを湾曲させテンションを掛けてそれに振動を与える方式としました。まずは実験機で振動子一個で作成しました。



今度はそこそこ使えそうな結果が出たので、振動子4個のものを実用版として作成しました。





この方式で実用になりそうだと実験を続けていますが、振動板のエージングは相当必要なようで鳴らしているうちに変化していきます。
寺垣式はどうしても低音は出にくい傾向にあります。市販されたものはサブウーファー付きでその構造も特許資料で調べてみました。
自分で作成する場合は少しアレンジして振動子をフリーにして動かす方式のウーファーを考案しました。
バルサを湾曲させた振動板に枠をつけて振動板に振動子をつけたものです。
これも中々うまくいかなかったのですがなんとか使えるようになって低音用と中高音用を組み合わせた波動スピーカーが出来ました。案外普通の音がします。







現在寺垣先生は波動スピーカーとは言わずに物質派とおっしゃっているようですがやはり物理的な波動という言い方が私にはぴったり来ます。
ボイスコイルからの振動を振動板に伝える方式にはペンディングウェーブ方式もありますが、理論的には似ています。
これも興味が有るので自作してみましたが面白い結果が出ました。可能性は高いものです。



自然界の音の伝わり方に近いという説明がされていますが、ボイスコイルで振動板を動かす(ピストンモード)のではなく振動を伝えるということになります。

余り一般的とは思いませんが、方式としては非常に可能性の高いものです。しかしいざ作成するとなると失敗して当たり前くらいのつもりでやらないと、一度や二度失敗してこの方式は駄目だという結論に達する人がいるかも知れません。

このスピーカーに関してはまだしばらく実験を続ける予定です。
No title * by SEED
こんにちは。
私の考えですが、スピーカーユニットはほとんど進化していない
もしくは退化していると思っているくらいです。
(励磁型はいいですね)
その中でこのようなアプローチは素晴らしいと思います。
是非進めてみてください。

No title * by izumikta
>スピーカーユニットはほとんど進化していないもしくは退化していると思っているくらいです。
特性(f特,歪率,Dレンジ,耐入力,安定生産)を追求して行った結果ですね。悪いことだと言うつもりはありませんが(私も関っていましたから)、音楽再生機という観点から言えばその通りかも知れません。

>その中でこのようなアプローチは素晴らしいと思います。
ありがとうございます。

No title * by 大王
トンガリコーンだぁーヽ(^o^)丿

No title * by すなはま
はじめまして、こんばんは。私もスピーカー大好き人間ですm(__)m 興味深いですね^^)今後が楽しみです!お気に入りに登録させて頂きますm(__)m

No title * by izumikta
すなはま 様

ご訪問及びお気に入り登録ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
私もご訪問させていただきますね。

2009-04-29 (Wed)

オーディオルーム-2

オーディオルーム-2

オーディオルームを作成した時期は家電にコンピュータ(1チップ)が組み込まれたり、オーディオの開発にコンピュータが使われ出した時でした。仕事の関係や仕事を通して知り合った仲間とスタジオやホールの音響特性の測定やシュミレーション、ホーンやエンクロージャーの音響シュミレーションをコンピューターで行うとか、製品に組み込むソフトの開発等に関わったりしていました。そこで自分のオーディオルームはとにかく天井を高...

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オーディオルームを作成した時期は家電にコンピュータ(1チップ)が組み込まれたり、オーディオの開発にコンピュータが使われ出した時でした。
仕事の関係や仕事を通して知り合った仲間とスタジオやホールの音響特性の測定やシュミレーション、ホーンやエンクロージャーの音響シュミレーションをコンピューターで行うとか、製品に組み込むソフトの開発等に関わったりしていました。
そこで自分のオーディオルームはとにかく天井を高く吹き抜けにしてエアボリュームを稼ぎました。特に22Aのように大型ホーン(小劇場用ですから)を使用する場合は天井を高くしなければまともに鳴りません。
天井を床と平行にしないようにしたかったこともあります。

部屋が出来てウェスターンがまともに鳴り出し、それからはずっとメインに納まっています。ウーファーを15inch1本からダブルにしています。





ウェスターンの為にプレーヤーにEMT930STを入れ、MJでご活躍の佐久間式EQを作成し、MC用トランスにAMPEXのマイク用トランスを流用したりとさまざまな事を繰り返しているうちに20年が過ぎてしまいました。




最初は広かった部屋もいろいろ実験しているうちにだんだん物置とかしてきました。



でも雑然とした部屋の方が友人は居心地が良いらしくオーディオマニアでない人間が遊びに来てくれます。
2009-04-29 (Wed)

オーディオルーム-1

オーディオルーム-1

ウェスターンを導入したのは良いのですが(最初は世界が開けたと思いとにかく今までとは次元の違う世界に満足していたのですが)、まだまだ先が有りそうだということに気がつき始めました。やはり自作で使用していたパーツでは限界を感じてしまい、ウェスターンのトランスやミル規格線材等を入手して音をまとめていましたが、駆動するアンプもウェスターン製を導入しました。手に入れることの出来る価格のものは124Aの現状品です。...

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ウェスターンを導入したのは良いのですが(最初は世界が開けたと思いとにかく今までとは次元の違う世界に満足していたのですが)、まだまだ先が有りそうだということに気がつき始めました。
やはり自作で使用していたパーツでは限界を感じてしまい、ウェスターンのトランスやミル規格線材等を入手して音をまとめていましたが、駆動するアンプもウェスターン製を導入しました。
手に入れることの出来る価格のものは124Aの現状品です。エルタスでは技術のある人間には整備していないものを格安に譲ってくれたのでした。
整備には結構手間取って思ったような音にするには大分時間が掛かりました。
この時期に結婚して今までのようにオーディオが部屋を占領しているわけには行かなくなり決断にせまられた時、女房がどうせなら部屋を作ればと言ってくれました。まさに天の声でした、それまでオーディオにはそれを鳴らすための部屋が必要でその部屋こそ最大のパーツであると言っていた(冗談半分)のをまじめに聞いていてくれたのです。
住んでいるところでは満足な音は出せないので少し離れた山の中に土地を買ってオーディオルームを中心にした家を建てたのです。
一生女房には頭があがりませんね。

2009-04-28 (Tue)

自分のオーディオ歴-6

自分のオーディオ歴-6

いろいろと実験を繰り返しているうちにふと思いついたのが「池田圭」先生のウェスターンに対する記述で、ホーン(15A)の音でした。今まではマルチで帯域を細かく切って各ユニットの再生域を広く取っていませんでした。これはこれでメリットがあり帯域毎のダイナミックレンジを広くとることができます。ものは試しとYLのドライバーホーンをほぼフルレンジ並みの帯域(150Hz~だったような)で鳴らしてみました。もちろん大きな音は出せ...

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いろいろと実験を繰り返しているうちにふと思いついたのが「池田圭」先生のウェスターンに対する記述で、ホーン(15A)の音でした。
今まではマルチで帯域を細かく切って各ユニットの再生域を広く取っていませんでした。
これはこれでメリットがあり帯域毎のダイナミックレンジを広くとることができます。
ものは試しとYLのドライバーホーンをほぼフルレンジ並みの帯域(150Hz~だったような)で鳴らしてみました。
もちろん大きな音は出せませんが独特の中低域の軽さと、ある意味ノスタルジックな音が流れてきました。
後に手巻き蓄音機を手に入れて、あの時に感じた音の感覚を思い出しました。
何のことは無い大掛かりなマルチとは対照的な音に感覚がついて行けなかっただけかも知れません。
しかし、そのときは今までのマルチは間違っていたと思い込んでしまいYLのホーンを残して皆押入れや開いているスペースに積み上げてそれこそ寝るスペースが無くなりかけました。
YLだけでは帯域が不足するのでオンキョーのドライバー+ホーン(当時はこのようなものが結構簡単に手に入りました)をつけて下は604-8Gのウーファーでもスピードが足りないと思ってしまい20Cmユニットを付けていました。
6Wayマルチから2Wayマルチ(ホーンの下はLCネットワークでは無理)になって広帯域スピーカーから帯域を押さえたスピーカーになりました。
この時、604-8G一本に戻すと言う方法もあったのかも知れませんが、気持ちはウェスターンへ向いていたのです。
でも604-8Gを箱にしまうときは感慨深いものがありました。青春時代に別れを告げたような気持ちです。

エルタスといえばウェスターンをやっている(なぜかこういう言い方をしていたのです)人から見れば原点のお店です。代々木にウェスタンサウンドインクもありましたがそこのオーナー八島さんもエルタスのお客さんだったと聞きました。
秋葉原にお店が有ったので数回そっと覗いたことは有ったのですが、それまでは何故か敷居が高くてお話しを聞かせてもらうことが出来ませんでした。
しかし今度はシステム再構築です、思い切って話をして見ました。もう気さくでこっちがびっくりするくらいでした。話をしているうちに私の知識、経験を少し過大評価されてマニアが来たぞと他のお客が寄ってきていきなり仲間にして貰いました。
あの頃のエルタスは店の人とお客の垣根が無くて、最初はやたら店の人が多いと思ったら常連さんだったりしました。
別格は本田社長さんで、ウェスターンを日本に広めたのは池田先生とこの人だと教えてもらいました。
自分も入り浸っているうちに本田社長から「誰もいなくなるんでちょっと店番して!!」と言われて勝手にレコードをかけているとそういうときに限ってお客さんが来て対応していると、常連仲間がきて「あれっ、今日はアルバイト?」と言われて「じつは・・・・」と言うことになり来ていたお客さんと笑いあって友達になったこともあります。

最初はまず憧れのWE555を手に入れました


一緒にウーファーがついていかないと話にならないという経験から15inchの12004を一本だけ買って3Dにしました



自分の知識不足だったのですがWE555のようなドライバは有名でしたけどその下に使うウーファーもコーン紙が軽くて磁気回路が強力でホーンに負けないものがチャント用意されていたのでした。

最初はYLホーンでしたが22Aホーンと597ツィータを導入しました(これらはカンノ製作所製レプリカ)。




本物は予算の都合上無理でした。無理と言えば594ドライバーも聞かせてはもらっていたのですがこれも・・・・・・・・

ウーファーももう一本追加してステレオにして、音のつながりも軽いウーファーですから非常に良く400HzでマルチにしてツィーターはCでカット。
ホーンがカールホーンなので高域は自然と減衰して繋がります。

自分としては幻だったものが、部屋に収まり有頂天でした。
No title * by boketinn
始めまして(^^)

当方は現在ALTECの515のEVのフォーンの組み合わせで鳴らしています。

WEの音、凄く気になります(^^)

No title * by izumikta
boketinn 様

始めまして。よろしくお願いします。
ALTECは良いですよね。WEは祖先ですから傾向は似ていると思います。

2009-04-27 (Mon)

影響を受けた方々

影響を受けた方々

雑誌や本からの知識を得ることをしているとどうしても影響を受けるようになります。学生時代から自作スピーカーと言えば「長岡鉄男」先生でした。あの切れのいい文章に方向のはっきりした評論はブレがなく影響を受けた方は多いと思います。私も影響を受けてFostexのユニットをいろいろ買いました。またアンプも当時先生が現用だったPRA2000を手に入れたものです。先生はレコードは外盤の音のいいものをお勧めで、当時の石丸電気に...

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雑誌や本からの知識を得ることをしているとどうしても影響を受けるようになります。
学生時代から自作スピーカーと言えば「長岡鉄男」先生でした。あの切れのいい文章に方向のはっきりした評論はブレがなく影響を受けた方は多いと思います。
私も影響を受けてFostexのユニットをいろいろ買いました。またアンプも当時先生が現用だったPRA2000を手に入れたものです。
先生はレコードは外盤の音のいいものをお勧めで、当時の石丸電気にはコーナーも在りそこで買っていました。
録音のいい物を聞くと言うことが流行った時代で、オーディオマニアが分けの分からない音ばかり聞いていると思われた方もいるのではないでしょうか? 確かにそんなものも沢山有りましたから。
レコードが国内盤より外盤の方が音が良いとおっしゃっていたのは作家の「五味康祐」先生がだいぶ先で先生のエッセイに書かれています。
この五味先生にも影響を受けました。成金趣味と思われている方もいらっしゃるようですが先生のお書きになった物をよく読めば、求道者の精神で一杯です。
特に「オーディオ巡礼」に出てくる整体協会の生みの親「野口晴哉」先生の音を聞いた感想などは涙物です。
先に書かせていただいたJAZZ喫茶のマスター達の音にももちろん影響を受けました。書き物を読むだけではなく実際の音を聞いているのですからより説得力は有りました。
「ベイシー」の菅原マスターには、お話を聞かせて頂いたこともあり、本も面白くて勉強になり特に影響を受けていたと思います。

そうこうしているうちに池田圭先生のお書きになったものを読みウェスターンエレクトリックを知り(存在だけなら知っていましたが)、それを扱っているエルタスを知って幻と思っていたものが現実となって目の前に現れてきたのです。

2009-04-26 (Sun)

自分のオーディオ歴-5

自分のオーディオ歴-5

マルチが大がかりになって来て、同じ音を1ヶ月聞く事が無いくらい改造を繰り返していました。金田DCプリでは電源を何度も作り変えたり、MCヘッドアンプは石を変える時に基盤を駄目にして作り直したりと休みのたびに秋葉原通いが続きました。真空管メインではCやRの組み合わせを変えて調整する為にいろいろな種類を買い揃えて交換したりしていました。秋葉原にはパーツショップがたくさん有り何でも教えてくれる店主がいて安いパー...

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マルチが大がかりになって来て、同じ音を1ヶ月聞く事が無いくらい改造を繰り返していました。金田DCプリでは電源を何度も作り変えたり、MCヘッドアンプは石を変える時に基盤を駄目にして作り直したりと休みのたびに秋葉原通いが続きました。
真空管メインではCやRの組み合わせを変えて調整する為にいろいろな種類を買い揃えて交換したりしていました。
秋葉原にはパーツショップがたくさん有り何でも教えてくれる店主がいて安いパーツでも親切に説明して売ってくれたものです。
そうしているうち真空管をやっていると、やはりビンテージ物にも興味が湧きます。
高価ですが頑張ってビンテージ物を集めだしたのは良いのですが、目利きにならないといくら費用をかけてもろくな物が手に入らないことが分かっていました。
しかし先生がいるわけではないのでお店に通って実物を見たり本で見たりしながら選ぶしか有りません。幸いな事にすぐに買えるような身分では有りませんでしたからじっくりと買える時に買えばいい位の感覚でいました。

この頃手に入れたものではマッキンC-22、MC60




ttoアイドラードライブターンテーブル+東京サウンドオイルダンプ


JBL SE400S


等があります。

ビンテージではないのですがLinnLP-12



LP-12とSE400Sはベイシーの影響で、最初はLP-12はSME3009を付けていました。

もう手に入れた時期や順番は記憶が定かではありませんが、今の相場よりはだいぶ安かったと記憶しています。

この後、ビンテージと言えば誰がなんと言ってもウェスターン・エレクトリックとの出会いが有るのです。
2009-04-24 (Fri)

JAZZ喫茶の思い出

JAZZ喫茶の思い出

JAZZ喫茶花盛りの頃の思い出話です。何度も通ったお店です。一関「ベイシー」は全国区の超有名店です。あのJBLのマルチシステムは火の出るような音なのにバランスが取れたすばらしい空間です。門前仲町「タカノ」ここのアルテックをマッキントッシュで鳴らしている音はマスターの唯我独尊。滑らかで気持ちのいい音は最高でした。残念ながらマスターがお亡くなりになり弊店。マスターがお亡くなりになる少し前にたまたまお店が開い...

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JAZZ喫茶花盛りの頃の思い出話です。何度も通ったお店です。

一関「ベイシー」は全国区の超有名店です。あのJBLのマルチシステムは火の出るような音なのにバランスが取れたすばらしい空間です。

門前仲町「タカノ」ここのアルテックをマッキントッシュで鳴らしている音はマスターの唯我独尊。
滑らかで気持ちのいい音は最高でした。残念ながらマスターがお亡くなりになり弊店。
マスターがお亡くなりになる少し前にたまたまお店が開いていたので入ったらサッチモさんのボーカルが流れていました。お客は私一人で「めずらしいですね」と目で合図したらにっこりと頷いていました。

代々木「NARU」 ベイシーと同じユニット構成のスピーカーでした。たまたま近所に住んでいた時期が有ったので良く行きました。

新宿「木馬」 パイオニアの50Cmウーファーとアルテックのホーンでとにかく広い店でした。
新宿「サムライ」 オリンパスでした。JRAの場外馬券売り場のそばにあって日曜の昼間は競馬中継をやってました。
新宿「DUG」トリムラインでした。

中野「ビアズレー」パラゴンが回りの鏡に映ってとにかく良くなっていました。中野には「クラシック」と言う面白い店も有りました。

吉祥寺「メグ」オリンパス→ジョージアン→アバンギャルド もう有名すぎる寺島さんのお店です。
隣にある「バロック」のバイタボックスCN191も魅力たっぷりでした。
吉祥寺「アウトバック」 アルテックオリジナルシステム→マッキントッシュXRT-20とオイロダイン
アルテックからいきなりマッキンとオイロダインに変わった時はビックリしましたが、おかげでオイロダインの音を良く聞くことが出来ました。

他にも沢山のお店があり、色々と回りましたがみんな独自の世界観をもった個性豊かな音の世界を作り出して客を楽しませてくれていたと思います。

No title * by SEED
こんにちは。

>一関「ベイシー」

2回ほど行きました。本当に素晴らしいですね。
音量が凄いのにうるさくないでね。

>吉祥寺「メグ」

オリンパス時代からよく行っていました。
オリンパス+パイオニアが1番良かったなぁ~。

>「バロック」
一時ほぼ毎週行っていました。本当に素晴らしいです。
ここで211の魅力を知りました。

マスターがご存命のときに不定期ですが、SPレコードのコンサートも
やっており、それも素晴らしい体験となりました。
これを再生して録音したLPも何枚か発売されましたね。

>吉祥寺「アウトバック」
ここでマッキンとオイロダインの魅力を知りました。
どちらも今でも欲しいスピーカーです。

アルテック時代は知りませんね


>中野「ビアズレー」

良く行っていたのですが、いつの間にか閉店していました。
池袋にもパラゴンを鳴らしてくれる店があったのですが...
そこは音よりチーズケーキが美味しかった...(続く)

No title * by SEED
>門前仲町「タカノ」

私のジャズ再生の原点にある凄いお店 3回ほどお伺いしましたが、
その再生音は素晴らしいの一言
ジャズのゴスペルの音は今でもイメージできるほど強烈です。


私とだいぶラップしますね。
神田神保町 響はいかれましたか???

No title * by izumikta
こんにちは。

>私とだいぶラップしますね。
参りました、同じ音を聞いていたのですね。
昔はこういうところでいい経験ができた時代でしたね。
うーんオーディオ同窓生といったところですか。

>神田神保町 響はいかれましたか???
ここは行けなかったのです。行きたかったのですが残念でなりません。
どんな感じのところでしたか?

No title * by SEED
JBL4350が意外と狭い空間に置かれていましたね。
音量が小さめでしたので、迫力はイマイチでしたが、
なかなか味わいのある音でしたね。

ここは響庵として、再度オープンしているようです。

No title * by izumikta
>ここは響庵として、再度オープンしているようです。

へえー、時間が有れば今度探してみたいと思います。
ありがとうございます。

2009-04-23 (Thu)

自分のオーディオ歴-4

自分のオーディオ歴-4

ここからが自分としても迷走していた時代に入って行きます。自作の真空管アンプや金田DC関連が増えていきマルチアンプに手を出します。前からサブウーファーは自作フィルターでマルチだったのですが、本格的ホーンにあこがれてJBL375を導入します。この2インチドライバーは当時は定番でみんないつかは375と言う風潮がありました。ここでJBL375の名前を出して「一関ベイシー」を避けて通るわけには行きません。学生時代に一度行っ...

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ここからが自分としても迷走していた時代に入って行きます。
自作の真空管アンプや金田DC関連が増えていきマルチアンプに手を出します。
前からサブウーファーは自作フィルターでマルチだったのですが、本格的ホーンにあこがれてJBL375を導入します。この2インチドライバーは当時は定番でみんないつかは375と言う風潮がありました。
ここでJBL375の名前を出して「一関ベイシー」を避けて通るわけには行きません。
学生時代に一度行って衝撃を受けて、社会人になってからも何度か足を運びとにかくダイナミックで熱い音、マスターの菅原氏の一途な姿勢と案外人当たりの良いシャイな性格。
とにかく憧れでした、その音の中心にあるJBL375ドライバーはどうしても手に入れなければならない存在だったのです。
604-8GのウーファーとJBL375のマルチです。604-8Gの高音用も中高音として鳴らしたりしていました。
でもそのうちに中低音からホーンという欲が出てきて当時買えるものとしてはYLでしたからD-5500にMB150をしばらく使いMB90にアップしました。高音はEVT350の上にパイオニアリボンTWを付けて6Wayやら7Wayで実験でした。チャンデバはCD-10(4Way)を入れて足りない文は自作フィルタを追加したりとにかく実験という言葉がピッタリ来る装置でした。
プレーヤーはマイクロDD-8ZにSP-10+Staxのアームでした。
プリも金田DCに加えてマランツ#7タイプイコライザーの真空管とかICアンプとかもう記憶が定かでは有りません。
こんな節操も無い装置の割には苦労しただけあって音はまとまっていました。ただ、普段鳴らす時間が無いため音にまとまりが出るまでに時間がかかりやっとエンジンが掛かってきたと思うと休日が終わってしまうと言ったありさまでした。
そこでサブ用にとフルレンジを買ったりして訳の分からない(今思えば)ことをしていました。でもこんな経験は楽しい思い出です。
この時代の部屋の写真は撮った覚えはあるのですが今と違ってデジタルではなくもうどこかに行ってしまいました。
段々狭いアパートの寝るところが無くなっていった時代です。

2009-04-23 (Thu)

自分のオーディオ歴-3

自分のオーディオ歴-3

大学では電気を専攻していて、趣味の為に大学へ行ったわけではないのですが何かにつけオーディオと結び付けて考えていました。友人でアンプ作成に命を賭けていたような奴がいてその影響で金田DCを作ったものです。ただそういう事をやり出すと抵抗やコンデンサ、配線コードで音を調整しようとしだして挙句はアキュフェーズE-202まで改造をするということになりました。当時の自作をやっている学生たちは貧乏で(自分の回りだけ?)、...

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大学では電気を専攻していて、趣味の為に大学へ行ったわけではないのですが何かにつけオーディオと結び付けて考えていました。
友人でアンプ作成に命を賭けていたような奴がいてその影響で金田DCを作ったものです。
ただそういう事をやり出すと抵抗やコンデンサ、配線コードで音を調整しようとしだして挙句はアキュフェーズE-202まで改造をするということになりました。
当時の自作をやっている学生たちは貧乏で(自分の回りだけ?)、かける費用は少なくても知恵と勇気で何とかしようと思ったものです。
今思うと音楽芸術とは別な楽しみ方だったような気もします。私の場合はいまだに変わっていないかもしれませんが??????

さて就職してアパートでは604-8Gを鳴らしていましたが、バブルの前でしたがとにかく技術者の仕事は忙しくて音楽どころではなくなりました。
それでも少しづつ弄っていました。MJ(当時は無線と実験)を読みながら、ただでさえ短い睡眠時間を削って実験みたいなことをしていた時代です。

この頃の装置は
 ALTEC 604-8G + EV T350 を中心にJBL LE-15をサブウーファー

 金田DCプリ(学生時代に作成したものの電源強化版)と直熱三極管211シングル(604+T350)に自作フィルター+E-202(サブウーファー)

バランスの取れていた時期です。このときは音楽を聴く時間を作りながら、JazzとClassicに癒されていました。もちろん社会人数年目ですから友人との酒もかなり飲みました。ほんとに仕事の合間に遊んでまた仕事といった毎日でした。
ちょうどバブルにさしかかろうとしていた時代で世の中が浮かれて忙しいのが当たり前だったと思います。
この頃はオーディオ業界も盛んで秋葉原では次々と新製品が展示されメーカー視聴室も評論家を呼んで盛んにサービスに努めていました。
Jazz喫茶もオーディオを売り物にして客を呼べた時代でレコードを聴きに行く人も沢山いたようです。
秋葉原も今と違い「勉強させて下さい」と言って入るとお店の人が「どうぞ、どうぞ」とすぐに買えなくとも将来のお客様候補みたいに扱ってくれたいい時代です。
ある意味余裕があったのだと思います。ただ、高級品と言っても今のように桁が違う(ベ○ツが買える)ものはあまり無く普通のサラリーマンでも無理をして貯めれば買えるようなものが主流だったと思います。